端唄「縁かいな」は次のような歌詞です。  

♪ 夏の納涼は両国の 出船 入船 屋形船 揚がる流星 星降り 玉屋が取持つ 縁かいな ♪

(注釈: 〇流星、星降り ともに花火の種類。  〇玉屋  花火業者。 〇成立 大阪から上京した徳永里朝が寄席で唄って、明治二十 四年(1891)大流行。

                         岩波文庫「江戸端唄集」より

唄から浮かぶ情景は、天下泰平の江戸時代19C初頭~、大川(隅田川)の両国橋周辺で、夏の夜に連日行われていた花火大会です。

裕福な町人や武士、大名は大小何百隻という納涼船を繰り出して楽しんだ。

また彼らは花火大会のスポンサーでもあった。玉屋と鍵屋の花火業者が、両国橋を境にして、上流、下流から交互に競って花火を揚げた。

たまやあー、かぎやあーと声がかかり賑わったといいます。

華美で大きな屋形船は、長さが11間、幅が3間、部屋数10もあった。

あまりに豪華さがエスカレートするので幕府から制限や禁止令が出たといいます。

この花火の様子は浮世絵でもたくさん描かれています。

※ 作品背景の図は、歌麿の浮世絵「隅田川舟遊夜景」をもとに、作者の創作も入れて構成したものです。